本記事では「東方虹龍洞」の6面やそのボスである天弓千亦の元ネタなどについて考察してみようと思います。

↓これまでの「東方虹龍洞」の各考察記事はこちらです(1~3面は体験版時点での考察になります)。








ステージ
「東方虹龍洞」FINAL STAGEの舞台は「誰の物でも無い夜空」で、ステージタイトルは「月虹市場 Lunar Rainbow Market」です。
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6面のステージ名の「誰の物でも無い夜空」というのは一つ前のステージである5面の「大空は誰の物なのか Spectral Hierarchy」というステージタイトルの回答となっており、タイトルで立てられた問をステージ名で答えるという粋な演出となっています。
本作のテーマの一つと思われる所有権にまつわるステージ名であり、5面との連動も相まって歴代東方原作のステージ関連のネーミングでも特に秀逸な名前だと思います。

6面のステージタイトルは「月虹市場 Lunar Rainbow Market」です。
月虹市場とは、市場のプレゼンターである天弓千亦が月に虹が架かったときに妖怪の山の頂上で開く市場のことです。
現実世界では太陽光と比べて光度の弱い月光によって虹がかかることは稀であるため、月の光によって生じる月虹を目撃するのは非常に難しいとされています。
また、月虹は月の光が弱いため虹ながら白っぽく見えるのも大きな特徴です。
月虹は月明かりが強まる満月の夜に起きやすいとされており、本作において自機が異変解決に出かけたのも図らずも満月の日でした。
サブタイトルのLunar Rainbow Marketも直訳すると月虹市場となります。

6面道中のテーマ曲は「ルナレインボー」です。
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6面道中らしくステージは短めながらも軽快な曲となっており、神秘的な光景が広がる満月の夜空に相応しい曲となっています。


ボス
「東方虹龍洞」6面のボスは天弓千亦です。
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天弓千亦は市場の神であり、今回のアビリティカードの流通という異変の黒幕の一人にして今作のラスボスです。
能力は「所有権を失わせる程度の能力」という、物の所有権を完全に失わせることができる場である市場での売買を司る神としての能力を持っています。
二つ名の「無主物の神」というのも、無主物(所有者のいない物)の神であることを示すものとなっています(ここでいう所有者には個人格だけではなく法人格も含まれます)。

最近は市場を介さないで物の売買を行う事が増えたため、市場の神である千亦は行き場を失って今にも消え入りそうになっていました。
そんな彼女が所有権が氾濫している事を嘆いていたところ、大天狗の飯綱丸龍から千亦はある話を持ち掛けられました。
それは市場を開いてほしいというもので、ただ物を売るだけではなく独自の交換専用の通貨システムを幻想郷中に広めた方が儲かるという飯綱丸の算段による提案でした。
千亦は本来の市場のように厳しい条件を付けて売買するのならと協力を承諾し、売買を成立させた場合のみアビリティカードに魔力が補充されて能力が発現する仕組みを市場の神の力を使って構築しました。
飯縄丸が自分をビジネスに利用しようとしているのは承知の上で、それを逆手に取ってルールに則ったアビリティカードの売買を市場の神の力を取り戻す為の祭事に利用しようとしたのです。
月に虹が架かったときに山の頂上で開かれた最初の市場は千亦と飯綱丸の他に菅牧典と姫虫百々世しか参加者のいない小規模なものでしたが、その後は幾度となく市場が開かれて妖怪の山を中心にカードは広く流通しました。
こうして、アビリティカードの市場を祭事として力を取り戻した千亦ですが、初めは落ちぶれた神様だったのに徐々にカードの利権を我が物にし始めた千亦を飯綱丸は良く思いませんでした。
このように二人の軋轢が表に出始めた頃、アビリティカードの流通を異変と判断した自機が妖怪の山に調査に赴くところから今作のストーリーは始まります。

天弓千亦の能力が込められたアビリティカードは「空白のカード」です。
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その名の通りカードのイラストは何も描かれておらず、ゲームを一度クリアすると必ず購入枠に並ぶようになるも、これを購入した瞬間全ての所持しているカードが破棄される代わりに次の購入でランダム枠のカードを全て貰えるという代物であり、正直ゲームプレイにおける実用面ではかなり微妙なカードです。
ただ、このカードは設定面において特別な存在であり、アナザーエンディングに到達する条件にも関わるため、ある意味本作で一番重要なアビリティカードと言っても過言ではありません。

この「空白のカード」は、全アビリティカードの中で唯一所有権を操作できるカードなのです。
そのため、千亦が定めた一回につき購入は一枚だけしかできないなどのアビリティカードの売買のルールも破ることができ、ルールを破って手に入れたカードにも能力が込められて使用できるなどイレギュラーなことを起こすことができます。
特にカード(所有権)の破棄もできるというのがポイントで、この特性を自機が逆手に取ることがアナザーエンディングに到達する条件に繋がります。

↓ゲーム内でアナザーエンディングに到達する条件についてはこちらの記事をご覧ください。

本作のアナザーエンディングに到達するヒントは、霊夢の通常エンディングにありました。
市場を冒涜する行為、即ち市場が開かれる寸前にカードを全て捨てるという行為を行うことでアナザーエンディングに到達することができます。

天弓千亦のテーマ曲は「あの賑やかな市場は今どこに ~ Immemorial Marketeers」です。
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あの賑やかな市場というのは、昨今の新型コロナウイルスの流行を受けた現実世界の店舗やイベントなど様々な市場を指しているものかと思われます。

また、本曲は今作の楽曲で唯一アルファベットが曲名に使われています。
Immemorial Marketeersは直訳すると遠い昔の市場商人となり、大昔から市場の神として市場を見守り続けていた千亦のことを指しているように思えます。


スペルカード
難易度によって名前が変わるものと変わらないものがあります。

Easy・Normal・Hard・Lunatic
「無主への供物」

Easy・Normal・Hard・Lunatic
「弾幕狂蒐家の妄執」

Easy・Normal
「バレットマーケット」
Hard
「密度の高いバレットマーケット」
Lunatic
「弾幕自由市場」

Easy・Normal・Hard・Lunatic
「虹人環」

Easy・Normal
「バレットドミニオン」
Hard
「暴虐のバレットドミニオン」
Lunatic
「無道のバレットドミニオン」

Easy・Normal・Hard・Lunatic
「弾幕のアジール」

千亦のスペルカードの名前は自由市場や所有権、虹など、千亦に関連する要素であり今作のテーマでもある要素が込められたものとなっています。

また、特筆すべき点として、使用する全てのスペルカードのネーミングが「」内に文字が収まるタイプであることも挙げられます。
そのため、千亦には他のキャラのスペルカードでよく見られる○○「○○」(例えば、霊符「夢想封印」など)のようなスペルカードが一つも存在しません。


天弓千亦の名前の由来
天弓千亦の名前の由来ですが、まず苗字の天弓というのはそのまま虹のことです。
これは虹を天にかかる弓に見立てた呼び方で、数ある虹の異名の一つです。
名前の千亦はというと、人が大勢集まっている賑やかな通りや街中を指すちまた(漢字では巷)という言葉から来ているのではと推測します。
人が集まってこそ成立する市場を司る神らしい名前かと思います。


元ネタ考察
天弓千亦は作品内の種族としては神であるキャラクターですが、調べた限りでは大元のベースになった現実世界の神話における神格はいない気がします(個々の要素が含まれている可能性はあります)。
例えば玉造魅須丸なら玉祖命、飯綱丸龍なら飯縄権現(飯縄三郎)など、今作を含め東方Projectにはベースとなった元ネタが分かりやすいキャラクターも多いのですが、千亦は様々な要素を組み合わせて市場の神として作られたキャラクターに思えます。
ただ、日本神話に登場する神大市比売(かむおおいちひめ)という女神の要素が部分的に取り入れられている可能性は十分にあります。
神大市比売は日本神話では珍しい市の守護神的な性質を持つ神であり、千亦の名前やスペルカード、境遇などには直接反映されていませんが関連のありそうな要素を持ち合わせています。

千亦というキャラクターの形成に最も関係していそうな要素としては、中世の日本で虹の見える場所に市場を立てたという風習が挙げられます。
なぜ、中世の日本で虹と市場が結びつけられたかというと、市場はこの世と異界とが交錯する場所に立てられるものとされていたからです。
そのため、この世と異界の境である虹が出た場所に立てられたそうです。
この世と異界が交錯する間である虹の下では物は一度無縁(所有権のない状態)となり、神のものとして誰の所有物でもない状態で物の交換を行えると当時は考えられていたようです。
実際に千亦も市場のことを一時的に所有権を失わせる特別な場と言及しています。
また、千亦の一部の台詞で「無」と書いて「かみ」と振り仮名が振られているのも、このことを元にしているものかと思われます。

作中でも千亦は市場が開かれるときについて、虹が出たときなど特別なときであることを条件として挙げました。
虹が出たとき以外にも、隕石が落ちた、火山が噴火したなどの条件でも市場は開けるらしく、実際に作中では咲夜のアナザーエンディングにおいて壁と天井が虹色に塗られた紅魔館で千亦は市場を開きました。
ここで注目したいのは、霊夢の通常エンディングにおいて千亦は市場のことをハレの場と表現したことです。
ハレの場(ハレの日)といえば現代でも年中行事や祭りなど特別な場や日にちのことを指し、縁日の屋台など市場とも密接に関わっています。
その他にも、特別な日に特別なこと(物の所有権の交換)をする場に当てはまるものとして、コミックマーケットなどの同人即売会等のイベントも挙げられます。


また、千亦を構成する要素としてはアダム・スミス以来の経済学の要素も多く含まれています。
経済学については関連する事象があまりにも膨大なので、ここでは本作の要素と絡めた上で見えざる手についてピックアップして解説しようと思います。


見えざる手について
見えざる手というのは、一般的に「例え公共の利益を促進しようと意図せず、自分自身の利益だけを意図しようとも、(法の範囲内で)自分の利益を求めると見えない手に導かれて公共の利益を促進することになる」(国富論より要約して抜粋)という概念を指す言葉です。
この考えは(法の範囲内での)自由競争の肯定でもあり、例えば各企業が商品の価格や品質などを競合他社と競争することは消費者にとって良質な選択肢を増やすことになるため、結果的には社会全体の利益に繋がります。
また、資本家が市場で利益を得ることは消費者でもある労働者の賃金の増加に直結し、市場経済も活性化し資源の配分も行われることになります。
このように、個々の人間が(法の範囲内で)それぞれ利益を追求すれば、見えざる手の働きによって市場経済というものは自ずと成長し続けるということをスミスは示しました。

ただ、後の世でこの見えざる手は曲解され、自由奔放(レッセフェール)を推奨するものだと誤解されています。
実際には、むしろ見えざる手という言葉のポイントは法の順守にあります。
道徳哲学者であったスミスが重視したのは、何より社会の秩序を形作る法でした。
道徳的に正しい法を守らずに市場で利益を求めた場合、他者の利益や権利を侵害することに繋がりかねません。
市場を守るために一定のルールが必要とされるのはそのためです。
これは「東方虹龍洞」においても、千亦が定めたアビリティカードの売買のルールとして表されています。
一例として、アビリティカードを暴力で奪うことができるとアビリティカード市場は途端に成り立たなくなる、ということを考えると(これはゲームの中の極端な例ですが)市場にルールが必要な理由が分かるかと思います。

この個人が市場を通じて利益を求めることが公益にも繋がることを示した見えざる手という言葉は現在でも使われ続け、この言葉の出典元であるスミスの記した国富論や道徳感情論以上の知名度を世界的に得るまでになっています。
なぜ、見えざる手がここまで後世で語り継がれたかというと、これは自由市場における利己心の肯定を初めて明確にした言葉だからです。
ここで肯定される利己心を持つ人格には、一個人から国際規模の貿易を行う法人格まで当てはまります。
スミスが批判した重商主義は貿易をゼロサムゲーム的に考える思想でしたが、スミスはこれを否定し国際市場における自由貿易の必要性を唱えました。
この自由貿易で得られる利益を証明するためにスミスが打ち立てた理論が絶対優位の概念であり、後にリッカードによって比較優位の概念も提唱され、これらの理論は近代経済学の基礎となりました。


まとめ
天弓千亦は市場の神という東方でも一風変わったキャラクターとして登場しました。
今作ではストーリーを通して力を取り戻した(一部のエンディングでは寝込んでいますが)ものの、飯綱丸龍との関係など今後が気になる要素もいくつかあります。
市場を司るという特性上、開かれる市場によっては多くのキャラクターと関われる可能性のあるキャラなので、これから思いもよらぬ出番があるかもしれません。
他の「東方虹龍洞」キャラと同じく、今後の活躍に期待です。